アーカイブ 「杉の文化研究所」

2009年 10月 28日

花粉症食べて治す

カテゴリー 杉の文化研究所

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(東福寺月華門)
 
まずは、近況報告から。先週末は京都に行っておりました。
●利休の手による茶室で唯一現存しているという妙喜庵「待庵」。
●小堀遠州が手がけた茶室で京都三名席の一つ、金地院「八窓席」。
●山縣有朋の別邸「無鄰庵」の庭、七代目小川治兵衞の出世作。
●モダニズムと数寄屋を日本で初めて融合させた住宅、藤井厚二の「聴竹居」。
●美しい軒反りを垂木を使わず具現した希有のディテール東福寺「月華門」。
まだまだ沢山ありますが、マニアにはたまらない旅でしたよ。
 
それからもう一つ!
「不都合な真実」の翻訳者としても知られる
環境ジャーナリストの枝廣淳子さんが主宰する「私の森.jp」というサイトに、
私のインタビュー記事を掲載していただきました。
http://watashinomori.jp/knowledge/message_05.html
先月開催した九州民家フォーラム2009にてご講演いただいた、
林材ライターの赤堀楠雄さんが書かれた記事です。
これまでの特集も読みごたえのあるものばかり。
よろしければ、ご一読ください。
 
さて本日は、
昨日付けの西日本新聞に面白い記事を見つけましたので、
全文をここに抜粋掲載したいと思います。
 
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花粉症食べて治す
『口からエキス「有効」』

 
 東京都は26日、食パンに含ませた花粉エキスを口の粘膜から吸収する
舌下減感作療法(ぜっかげんかんさりょうほう)を花粉症患者142人に実施
した結果、約7割で症状が消えたり、軽減したりし、重い副作用は1例もな
かったと発表した。
 減感作療法はアレルゲンと呼ばれる原因物質を徐々に取り込み、症状の
緩和を期待する治療法。花粉症で実用されているのは、花粉エキスを薄め
て皮下注射する方法だ。都は「今回のような患者で舌下減感作療法の有効
性と安全性が確認されたのは初めてではないか。患者の負担が少ない治
療法として早期の実用化を期待したい」としている。
 都福祉保健局によると、都内在住か在勤の20歳以上の花粉症患者から
協力者を募り、皮下注射用の花粉エキスを食パンに含ませ、舌の下に2分
間置いて吐き出させる方法を試した。投与は2006年7月から2年間。当初
は毎日投与し、残り1年前後は2週間に1回のペースだった。患者の約7割
が症状が消失したか軽減し、副作用も鼻や目のかゆみなど軽い症状にとど
まったという。
【西日本新聞 3頁 2009年10月27日(火)】

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以前、このブログでもスギ花粉症のことを取り上げました。
シーズンまでには、まだ間がありますが、こちらもよろしければご一読ください。
 
●杉の文化研究所
https://sugiokatoshikuni.com/?p=72
●杉花粉症の特効薬?!
https://sugiokatoshikuni.com/?p=81
●杉の葉エキスの摂取と減感作療法との違い
https://sugiokatoshikuni.com/?p=101
●杉の葉エキス 実践編
https://sugiokatoshikuni.com/?p=107

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2009年 10月 14日

木のお弁当箱

カテゴリー 杉の文化研究所

今年の春くらいから、週に一回スポーツジムに通っています。
夕方2時間ほど汗を流した後は、子供の塾のお迎えです。
その間に妻がつくってくれる弁当で夕食を済ませます。
このとき使っているのが曲げワッパの弁当箱です。

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開くとこう↓なります。
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上蓋と底板は杉の赤柾。側面の曲げ部は桧。留めに桜の皮が使われています。
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食後は、一段にまとめ収納することができます。

これをつくってくれたのは、熊本県球磨村にある「そそぎ工房」の淋さん。
以前ブログでご紹介したときは、「山の神様」の案内人でした。(Sさんと表示)
山の神様が相撲をとった土俵痕に連れて行ってくれました。^^
 
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話は弁当箱に戻りますが、ワッパ飯は美味しいです。
ご飯の湯気を吸い適度な湿度に保ってくれ、ほんのりと木の香りがします。
手にする触感も心地よく高級感があります。
お弁当箱一つでこんなに豊かな気持ちになれるものかと感じます。
 
ちょっとお値段は張りますが、ワッパ弁当試してみてはいかがでしょうか。
友人も↓愛用しているようです。
「野崎ショウコの野性派でいこう!」
http://www.nozaki-shoko.com/?p=401
 
●淋(そそぎ)さんに直接問い合わせされたい方は、こちら↓
http://www.hitoyoshi-hikari.com/html_gei_m.htm
をご参考に連絡してみてはいかがでしょうか。
私からの紹介といえばお安くなるかもしれませんよ(笑)

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2009年 9月 17日

杉と桧、どっちの香りが好き?

カテゴリー 杉の文化研究所

前回記事で西の正倉院をご紹介したところ、
このブログの読者である“ゆきむらさん”が、早速現地を訪問され
昨日、コメント欄に書き込んでくださいました。
とても嬉しいコメントだったので、まずはご紹介させていただきます。

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>こんばんは。

>先日この記事を読み、
>生で見たいという衝動にかられ
>車で4時間かけ、今日行ってきました!

 
>9月7日に板倉をされる建築士の永井さんの
>構造見学会に行ったばっかりだったので
>そのときに見た板倉をもう一度体感できる!と
>思い、非常に遠かったですが、
>がんばって山越えしてきました。。

 
>杉岡さんの写真に驚いた。
>教科書で見た正倉院の印象は小さいと思い込んでいたので
>その大きさを写真で見て驚き、そして現場で生を見て
>また驚きました。

>贅沢にヒノキを使った内部は
>もう築13年?というのに香りがプンプンして
>びっくりです。
>そして同時にわかったことは杉の香りのほうがもしかしたら
>個人的には好きかもしれないということでした。

 
>板倉もこれだけ厚い材が使えたらと常々思っていたので
>思わずスリッパも脱いで素足で感触を確かめてしまいました^^
>杉で10センチの厚さだったらもっとやわらかかっただろうか?
>内部はエアコンが入っていたのだろうか?
>涼しく感じたなあ。
>夏場に来てみたかった。
>こんな中で生活したら、きっと毎日
>元気があふれるだろうななどと
>高望みだけど思いました。。

 
>結局気持ちよくて1時間以上入り浸って
>体感してまいりました!
>到着時は頭痛がしていましたが、
>出る頃にはひいてました^^

 
>いい情報ありがとうございました!!!
 

>追伸
>山の残りの部分の下草狩りも先日行って
>無事終わりました。

 
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西の正倉院のすばらしさを共有できて嬉しいです。
こちらのほうこそ、ありがとうございました。
私も行くまでの道中が長く(朝8時出発、到着午後4時過ぎ)て、
着いたときはヘトヘトだったのですが、なぜだか元気になりました。
今回は、コメント中の香りについて、ちょっとだけ掘り下げてみたいと思います。
 
>杉の香りのほうがもしかしたら個人的には好きかもしれない・・

じつは私もそうです。
ヒノキの香りも好きなのですが、少し強すぎると感じます。
東京大学名誉教授の有馬先生(宮崎県木材利用技術センター所長)
のマウス実験に面白い結果があります。
それは、「マウスによる床材の嗜好性試験」というものです。
 
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コンクリート製の巣箱の中央に通路用の穴をあけた隔壁を配置し
二分された部屋の床に材質の異なる建材を床張りして
マウスがどちらの部屋を休息の場に選ぶのかを調べました。
この巣箱には一匹のマウスを入れ、1時間ごとにどちらの部屋にマウスがいるのか2日間観察します。
観察時に5分以上マウスが継続して静止休息している状態のものだけを数えデータとしました。
 
「なぜ、いま木の建築なのか」(有馬孝禮 著)より
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まず、スギvsコンクリートでは156匹:11匹です。
つぎに、スギvsヒノキでは160匹:6匹です。
面白いのはヒノキvsコンクリート。
数の上では、84匹:73匹ですが1日目と2日目で傾向に変化が生じました。
1日目は明らかにコンクリート側に偏っていたのが、2日目にはヒノキに偏ったのです。
有馬先生はその理由をこう述べています。
「その理由として初日はヒノキの香りが強烈で避けていたが、
2日目には熱を奪われないヒノキに移行したと推測される。」
 
マウス実験でもこのような結果がでたわけですが、
「杉の香りのほうがもしかしたら個人的には好きかもしれない」
という好みの傾向はむしろ多数派なのではないか、と思われます。
木の香りに関して、ヒノキの方が取りざたされるのは、おそらく
無垢材というものが生活の場から遠くなるに従って、
杉の香りという共通認識が薄れていったからではないか、と考えられます。
 
>杉で10センチの厚さだったらもっとやわらかかっただろうか?
 
これは木材の密度(比重)の話ですが、またの機会に・・・(笑)
下草刈りどうもお疲れさまでした!

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2009年 8月 19日

日田杉のルーツ「宮園津江神社」

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(宮園神社にて) 

すっかり久方ぶりの更新となりました。
この間いろんな出来事がありました。そしてたくさんの出会いもありました。
本当に充実しています。心より感謝します!^^
さて本日は、すでに10日前となってしまいましたが、
「日田杉の原点」を訪ねた旅をご紹介しようと思います。

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8月9日午前中、日田市(旧上津江村)の山林を訪ねました。
ここには樹齢70年ほどの展示林があります。
数多くの杉の品種が植えられ、成長の違いなどが観察できるようになっています。
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その後、すぐ近くにある100年を超えた美林を見学しました。
この杉は、奈良の吉野杉の苗木を移入してあります。
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(何か聞こえますか~?^^)
 
昼食は、お楽しみの「つゆ草」にて!
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この日だけの特製ランチ。愛子さん手製のお料理はいつ食べても美味っ!でした。^^
ホントに感動します。ごちそうさまでした~!!
 
そして午後は、この日のメインである宮園神社を訪ねました。
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縁起を少し・・・
津江神社は、老松大明神社を主柱神とし、天神七代、地神五代が祀られています。
当柱の創立は治安3年(1023年)、日隈四郎藤原信弘により宮原に創建され、
その後仁安3年(1168年)に現在地の宮園に遷宮されます。
樹齢300年を超える挿し木植林による杉林は、日田杉のルーツである、と言われます。
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(↑↓多くの方が氣をチャージされていました。^^ 下の写真は人が米粒のようですね、笑)
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つづいて九州最古の庭、伝来寺庭園へ。
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伝来寺は延元3年(1338年)、長谷部信雄が大智禅師を迎えて開いたのだそうで。。。
 
最後に、日田市旧大山町にある国指定重要文化財民家「矢羽田家住宅」を訪ねました。
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筑後川流域特有の杉皮葺き屋根、九州にしか見られない分棟型の民家が特徴。
杉皮の屋根の後ろには、なだらかな杉山が・・・(笑)

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こんな杉一色の一日でした。みなさんお疲れだったかも・・・と心配でしたが、
参加者からいただいたメールに
「杉の精気をいただいたせいか、帰宅しても、いつもの倦怠感に襲われずに済みました。」
の一言があり安心しました。
それにしても、この記事を振り返りながら思います。。。
 
写真、、、「緑」ばっかですよねぇ~^^

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2009年 7月 30日

杉の品種と適材適所

ヤブクグリ、ウラセバル、ヒノデ、メアサ、アヤスギ、ホンスギ、モトエスギ・・・
 
馴染みのない言葉でしょうが、これらは日田地方でよく耳にする杉の品種の名前です。
杉(Cryptomeria japonica)は分類上、一属一種と言われますが、
九州の杉だけでも栽培品種で言うと100もの名前があるということは以外に知られていません。
 
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(宮島寛・著「九州のスギとヒノキ」より)
  
百を数える名前の中には、地域によって呼び名が変化することもあります。
そんな異名同種であったり、それとは逆の同名異種であったりと、分類するのも至難の業のようで。
未だ品種の分類が確定されているわけではありません。
それでも、通直であったり曲がっていたり、強度や含水率など、
品種によって同じ傾向があることは、まず間違いありません。
「氏より育ち」ではなく「育ちより氏」である、と言えると思います。
 
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(宮島寛・著「九州のスギとヒノキ」より)
  
さて、この品種による品質の差ですが、11年ほど前私は、
後の方向性に影響を与えたある貴重な体験をいたしました。
それはまだ私がこの世界に飛び込んで間もない頃のことでした。
当時私は、杉の赤身の強度は白身より高いのではないか、という仮説を立てていました。
そこで、福岡県森林林業技術センターに杉の桁材を百数十本持ち込み、
センターの研究者の方々の協力を得て、強度の検証を行いました。
 
一本一本重さを量り、木口(年輪部)を金槌で叩き、音の周波数を採取します。
これにより、木材の強度=ヤング係数の推定値が計測できるわけです。
残念ながら、強度において赤身が強いとは言えませんでした。
ところがこのとき、思わぬ収穫を得ることになりました。
それは、同じ九州の杉なのに、強度の差が、
ピンとキリでは3~4倍もあるという事実でした。これには衝撃を受けました。
品質の差があるということは分かっていたけれども、
数値にそれだけの開きがあるなんて、思ってもみませんでしたから。
 
そして同時に、面白いことに気づきました。
それは、先代・先々代から教わった、「この木は硬い、この木は柔らかい」、
といった「木の見立て」は正確である、ということでした。
さらに、この硬い木、柔らかい木の差が、
品種の違いと年輪幅に関係していることを感覚で掴むことができました。
 
それからというもの、私は
年輪を見ただけで品種を見分けられるようになりたい、と思うようになりました。
すると面白いものです。徐々にではありますが、
剛性が高く硬くて強い品種(a)、
多少柔らかいがしなって折れにくい曲げ強度の高い品種(b)、
柔らかくてサクサクしているが、曲がったりねじれたりしない品種(c)、
などの特性がわかるようになってきました。
ちなみにa)は柱や桁・梁といった構造材に、b)は桁・梁などの横架材に、
c)は板材や下地材、節が少ないものは建具に、などといった用途が考えられます。
同じ山に多くの品種の杉が植えられていたりもしますが、
例えば家を一軒建てる場合、最小の面積を伐採するだけで、a~cといった
様々な用途の木材が採れると考えれば、合理的と言えるのかもしれません。
 
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ここで皆さんに一つ質問をしたいと思います。
北部九州では、ひとつながりの山に杉といっても多様な品種が植えられています。
この事実は、どのように捉えられているとお思いでしょうか?
 
今のところ、この杉の品種によるバラつきは、大きな欠点であると見なされています。
大量生産、安定供給、品質均等を図るには素材の均一化が効率的ですから、
弱い物、品質の劣る物に基準を合わせることになってしまいます。
その結果、良いモノの価値が付加されなくなる、ということが起こるのです。
 
外材8割、国産材2割、という木材の自給率的観点からすれば、
林業コストを削減し、木材加工を合理化させる、という論理になります。
リアリティを持って考えるならば、これは正論です。
国際競争力を考える時、国産木材の利用を促進するためには
確かに避けて通れない考え方であると思います。
しかしながら、手塩にかけて育てられた良い木材は、
もっとそれなりに評価されてもよいではないか、と感じます。
でも残念ながら、それらの行き先は、年々狭まっているような気がしてなりません。
 
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本来、良い物というのはどこに使われるのが望ましいと思われますか?
私は、樹齢以上に「材齢」を重ねられる建築物に使用するのが良いのではないかと考えています。
そして、できるならばぜひとも、伝統的な木組みの建築物に使用してほしい、と願います。
 
伝統的な建築物の魅力は、なんと言ってもその美しさにありますが、
美を構成する要素に、木のクセを活かした木組みを欠くことはできません。 
伝統的な建物づくりは、木のバラつき・欠点はすべてクセであり特性であると見なします。
これこそ、「適材適所」と言えるのではないでしょうか。
  
8月9日(日)の九州民家塾では、山を散策し氣をチャージしながら(笑)、
そんな先人たちの考え方や工夫などを、私が気づいた範囲内でお伝えできればいいな、とも思っています。
幸い、日田市上津江には多品種の杉が植えられた試験林(50年生くらい)があります。
また近くには、吉野から苗木を移入した美しい杉の人工林(100年生超)もあります。
 
なにかとお忙しい時期にて恐縮ですが、ご興味のある方はぜひご参加くださいませ。^^

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2009年 7月 29日

日田杉の原点を訪ねて。

今日は、来月予定されている「九州民家塾」のご案内です。
僭越ながら今回は私が案内人を務めさせていただきます。
次回記事では、山を散策し何を見ようと考えているのか、
もう少し詳しく書いてみたいと思います。^^
 
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九州民家塾第9期第2講
「日田杉やったら、中津江に行かなわからん」
 
日本三大河川の一つ筑後川は、阿蘇と九重の山々を源とし、
有明海へと流れる143kmもの流程を持ちます。
水源へと遡ると、深い山々が幾重にも連なり、杉や檜の人工林が広がっています。
ところがこれらの景色、それほど古いものではないようです。
1700年代の大分県地方の史料業書などの記録には、
天然の雑木林、小松山、柴山、竹藪が殆どであったと書かれています。
 
筑後川の上流域に位置する日田林業は、日本三大林業地にも数えられますが、
一体いつ頃から、そしてどこから始まったのでしょうか。
 
日田地方に初めて杉が植えられたのは、いまから約518年前の延徳三年(1491)のころ、
津江城主信安が中津江村宮園の梅野神社境内に植えたものと伝えられています。
 
そこで今回は、日田杉のルーツを探しに、中津江村に行こうと思います。
そして、杉を中心とした林業のこれまでを振り返り、これからを考えたいと思います。
この日は、林のこと木のことなど、わかる範囲でお伝えします。
杉に少しでもご興味ある方はぜひご参加くださいませ。
 
昼食は、「もくたろ」にも掲載された「つゆ草」店主、愛子ちゃんに腕を奮って頂きます。
高菜、こんにゃく、ごぼう、里芋、椎茸、そば、放し飼い地鶏の卵…などなど、
素材のほとんども手作りの手料理です。ご期待下さい。
 
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【日時】2009年8月9日(日)10:00~

【場所】大分県日田市中津江村

【集合場所時間】
「木の花ガルデン」駐車場(日田市大山町東大山)に10時

【参加費】会員2,000円 会員外2,500円(昼食代・資料費)

【申込締切】8月6日
 
【スケジュール】
10:00~集合
10:30~上津江の山を散策
      (数多くの杉品種が植林される試験林、100年生の美林など)
12:00~特製民家昼食:「つゆ草」 
15:00~宮園津江神社の杉並木見学(樹齢500年という巨木群約30本)
16:00~伝来寺庭園見学…九州最古の庭園(枯山水)。1338年頃造営されたと伝えられる。
 
【問合せ先】
日本民家再生協会 九州沖縄地区委員会
福岡市大手門3-7-13 エステート芳賀2階
TEL &FAX : 092-725-8240 (城戸まで)
 
【案内人】
杉岡世邦 
木挽棟梁 (有)杉岡製材所専務 雑誌「もくたろ」筑後川特集を企画
JMRA九州運営委員長  http://sugiokatoshikuni.com.com

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2009年 7月 25日

三浦梅園と杉

カテゴリー 杉の文化研究所

先週末は、豊後(大分)の国東半島へキャンプに行きました。
1日目は晴れましたが二日目は雨。
子どもたちには残念な、でも、私にとっては恵みの雨となりました。
 
というのも・・・
雨のおかげで念願の三浦梅園邸に行くことができたのですから。
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三浦梅園は江戸時代の思想家であり、自然哲学者であり、職業は医者、豊後の三賢人として知られています。

私が梅園という存在を知ったのは10年ほど前、
とある木材市場にて「梅園お手植え」と語られた杉の木を見たときのことでした。
樹齢250年といわれるその木は、姿形といい、色といい、年輪のつまり方といい、
めったに見ることのできない、それはそれは素晴らしい杉の木でした。
 
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(庭にそびえるこの杉もお手植えなのでしょうか?ちと若い気もしますね、^^)
 
今年の4月18日、その名前を再び意識することになりました。
「ぼくの九州同舟制」と題した松岡正剛氏の独演会で耳にしたのです。
 
日本には「日本の心のルーツ」がある。
我々は記憶の奥に共通するあるものを持っている。
それを独自に体系化した天才、それが三浦梅園だ。
 
 
概ねこのような表現であったと記憶しています。
それ以来、三浦梅園をもっと知りたいと思っていたのでした。
梅園の旧邸宅を見学した後、隣接する資料館へ入館し、
3本のビデオを子どもたちと一緒にゆっくりと視聴しました。
タオイズムを元にした自然観と宇宙観、そして哲学に触れることができました。
帰りに初筆復元版の「玄語」(5千円也)を購入。
難解な書物として有名な本です。もちろん全く歯が立ちません。
そこで解説本「三浦梅園」(中公バックス)を密林にて購入とあいなりました。^^
どこまで噛み砕けるかまったく自信ありませんが、これも何かの縁、
とにかく口に入れてみることにしました。^^
 
今日はなんだか、他愛もない話ですみません(笑)
ご興味のある方はこちら↓もご一読下さい。^^

松岡正剛 千夜千冊 第993夜
三浦梅園 「玄語」 
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0993.html

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2009年 7月 18日

伝承の森

カテゴリー 杉の文化研究所

今週は、(株)大喜工務店の切り込み場へと打ち合わせに行ってきました。
大喜工務店は、享保年間に創業、現在は社寺建築を専門とされる老舗で、
現在、福岡市法行寺様の本堂新築工事で協働させていただいております。
この日は、屋根の下地となる部材の打ち合わせでお邪魔いたしました。
 
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社寺の屋根は軒が反り上っています。
そのため、大工さんが設計図より実大の原寸図を書き起こすのです。
今回は、実際にどれくらいの幅の木材が必要なのか、原寸図を採寸してきました。
それにしても壮観です。
広い床一面に合板が敷きこまれ、いたるところに緻密な図面がひしめいているのですから。
  
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この原寸図、何度見てもワクワクします。^^
建てられたものを見れば、錯覚で正方形に見える部材も、
こうして原寸図を見ると菱形であったりして、驚かされるものです。^^
古からの文化が、こうして引き継がれているのだなぁ、としみじみ感じます。
 
 
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午後より、福岡市にある老舗工務店(株)安恒組にお邪魔しました。
安恒組は明治30年に創業。四代続く老舗です。
(安恒組の安恒社長を紹介した私のブログはこちら
この写真は安恒組事務所の打ち合わせ用テーブルでして、
部材はなんと松の赤身材・無節の無垢板です。^^
しかも!老舗ならではの物語があります。
もともとこの板は、十日恵比寿神社の床板(とこいた)として使用されていたものです。
大改修の際、役目を終えたため安恒さんが引き取ったとのことでした。
部材となって65年ほど、まだまだ樹齢を考えれば何倍も使えます。
それにしても、これだけの広い松の一枚板がピーンと真直ぐな様は、
凛としいて格好良い!ものです。^^
松はとてもねじれ易い部材なので、この板の裏側には
蟻桟(ありざん)」という反りを止める加工がしてあります。
蟻桟の歴史は、少なくとも弥生時代中期(約2000年前)からの技術なのだそうで・・・
これまた古の文化に思いを馳せました。
 
この日、二つの老舗工務店にお邪魔した後より、
民俗学巨匠のこの言葉が脳裏に残響しています。
 
「人間は伝承の森である。」 宮本常一

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2009年 7月 10日

杉赤身材の表彰状

今週は嬉しいことがありました。
弊社の工場長が勤続二十年を迎えたので表彰状を贈ったのでした。
永年勤続賞とは言えまだまだ46歳。
これからさらに活躍してもらわねばなりませんが、
20年ひたすらにこの道一本で積み上げてきた努力に感謝しています。
そこで、うちらしく木の表彰状をお贈りすることにいたしました。
 
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この表彰状は杉の赤身材です。
縦300ミリ×横420ミリ(A3サイズ)で厚さは30ミリ。
表面はカンナの超仕上げで、
文字および鳳凰はレーザー彫りの加工が施されています。
 
工場長は想像以上に喜んでくれまして、
「おれが死ぬとき、棺桶にいっしょに入れてもらおう」
と笑いながら言ってくれました。
 
その後、一緒に食事に行ったのですが、
木の仕事に対する思いを夜が更けるまで、熱く熱く語ってくれました。^^
彼らの日々精進の支えがあるからこそ、
私はこの仕事に携わることができ、
多くのお客様に喜んでいただけるのです。
わかっているようでいて改めて、この日そのことを
深く深く思い知らされました。
本当に有り難いことです。感謝の一言です。^^
 
最後に、この表彰状のレーザー加工をしてくれたところをご紹介させていただきます。
福岡市にある(株)チクモクという会社です。
チクモクの加藤社長には、木青会でとてもお世話になっています。
今回のレーザー加工はチクモクの「ウッドパフォーマンスCUCKOO」という
事業部でやってくれます。担当は古賀さんですのでみなさんよろしく!^^
博多木札(はかたきふだ)などの制作販売で、地元では結構知られているんですよ~。^^
 
加藤社長、古賀さん、この度は本当にありがとうございました!
これからの定番となりそうですので、今後ともよろしくお願いいたします。
 
お二人とも「山のぼせ」(博多祇園山笠に狂っている人)ですから、
山笠のクライマックス=追い山の7月15日までは何も手につかないことでしょう(笑)
ちなみに今日は7月10日、山が動き出す「流舁き(ながれがき)」の日ですね。
さぞかし良か汗ば流されたことでしょうね~^^

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2009年 6月 30日

山に手を入れる。(高千穂編)

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先週末、高千穂へ行ってきました。
目的は、山の間伐が終了したということで、その確認だったのですが、
まず森林組合にお邪魔し、その後せっかくなので天岩戸神社を参拝してきました。
ここは来る度に、実に清々しい気持ちになります。
 
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ここ高千穂は、天岩戸伝承の残る神話の舞台です。
松岡正剛著「神仏たちの秘密」より、おさらいしてみたいと思います。^^
 
(抜粋はじめ)
 
 日本の神はイザナギ・イザナミがアダムとイブだとすると、
その次はアマテラスとスサノオの姉弟神が中心となっていきます。
 二人の神は、最初は高天原パンテオンにいましたが、
和魂を象徴するアマテラスと荒魂を象徴するスサノオはしょっちゅう激突します。
一度はスサノオは「乱暴はしません」というウケヒ(誓い)をするんですが、
その後も乱暴をくりかえし、とうとうアマテラスが岩戸に籠ってしまうという大事件がおこる。
日本最初の「引きこもり」です(笑)。太陽を司るアマテラスが天岩戸に籠ってしまったので、
世界が暗闇になってしまった。日蝕神話だともいわれています。
 そこでアマテラスを岩戸から引き出すために、神々が天安河でミーティングを開き、
アメノウズメがストリップをした。それをアマテラスが覗き見ようとした隙にタヂカラオ
(手力男)によって岩戸がついに開かれる。
この、天岩戸開きの物語を暗示する神楽や祭りも、日本にはたくさん残されています。
 
(抜粋終わり)
 
↓神々がミーティングを開いたという天野安河原
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すごいところですね。掌がジンジンします。^^
日頃の感謝をお伝えし、身近な方々のことなどをお願い致しました。
 
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そしてようやく、本題である山へと向かいました(笑)
今回は写真をたくさん撮ってきましたけれど、いかがでしょうか?
間伐によって山に光が入っているのがおわかりいただけるのではないでしょうか。
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この山の木は45年生です。広さが25haあるので、全体を五分割し手入れをしています。
そうすると五年に一回間伐をすることになるので、毎年この山に手を入れることができるのです。
下の写真を見てください。中央の光があたった木を境に、左の暗い所がこれから間伐するところ。
右が今回、間伐を終えたところです。全く異なる山に見えるでしょう?(笑)
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この日は天岩戸神社に参拝し、すくすくと成長している木々に囲まれ、なんだか勇気が湧いてきました。
二週間ほどあることで悩んでいたのですが、乗り越えられそうな気持にもなりました。
有り難いことです。今の心境をたとえるならばこんな↓感じかな・・(笑)
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