アーカイブ 「杉の文化研究所」

2011年 3月 07日

求菩提の家 見学会のご報告


昨日(3月6日)、
「求菩提(くぼて)の家」見学会を開催しました。
あいにくの雨模様にもかかわらず、
40組70名程もの方にご参加いただきました。
 
日本美の再発見をした、
改めて古民家の魅力を感じた、
こんな話はじめて。面白かった、
等々うれしいお言葉をたくさんいただきました。
参加者の中には福岡市から
新幹線とJRとタクシーを乗り継ぎ
おみえの方もいらっしゃったのだとか。
有難うございました。
またこのような機会を設けたいと思います。
 

ハンプトンH200、これ一台で家中あたたか。
 

旧土間であった居間より和室を見る。
ケヤキの床(とこ)板を再利用した一枚物のテーブル。
 

和室より庭を見る。
 

縁側。奥はお手洗い。
 

床の間。床柱はクリ古材。引き戸は古建具を再生。
 

樹齢百年程のスギの新材に漆塗りした表情。
 

階段で二階へ。クリ古材の手摺。
 

二階。納屋だったころのマツ梁が磨かれ光る。
 

二階、南面。
 

二階、北面。
 

五右衛門風呂。壁・天井はスギの赤身板、上小無節。
 

外観。
 

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2010年 6月 29日

世界遺産に見出した杉の役割


 
束石の上に杉の柱が並び、外壁のそのほとんどを杉皮が覆う。
庇(ひさし)屋根には、杉を薄く裂いたコケラ板がモザイク状に葺かれ、
三角の妻壁には、杉板が張られている。
先週末に出合った、この杉だらけの民家、さて、どこだと思いますか?
 

 
答えは、白川郷(岐阜県大野郡白川村)と共に合掌造り民家群として
世界遺産に登録されている五箇山(富山県南砺市)の「菅沼集落」。 
 
それにしても、この杉だらけの民家を見つけたときは胸が騒ぎました。
北陸地方は、広葉樹に重きを置く文化とばかり思っていたからです。
これまで、福井県から九州に移築されてきた民家を数棟見る機会がありましたが、
その多くは、クリやケヤキといった広葉樹が柱や梁に使われていました。
その土地の気候風土に適した素材と形と技術の結晶が民家である、とすると
五箇山のような豪雪地帯には、冬季の雪の加重に耐えるよう、
硬くて、しならない広葉樹を構造材に使ったほうが理に適っています。
事実、この日見学した、現存する合掌造り民家では最大規模の「岩瀬家住宅
(国指定重要文化財)の柱や梁の構造材は、総ケヤキ造り↓でした。
 

 
ところがこの岩瀬家住宅も、外壁に目を向けると、そこにはやはり杉の活躍がありました。
外壁だけでなく、庇(ひさし)にも屋根材として杉板が使われているのです。(↓)
 

 
相倉(あいのくら)地区の民俗館にある資料で、
五箇山の木材に関してこのような記述をみつけました。
 (抜粋はじめ)
*************************************************************
 
 古くから森林資源が豊かな五箇山は、文禄三年(1594)豊臣秀吉が伏見城を
築くのに五箇山の木材が使用されたことが「加越能古文書」に記されています。
 また江戸時代、加賀藩は木材の利用が拡がるのにつれ、用材の確保と調達の
ため「御林」といわれる藩有林をつくり「七木(しちぼく)の制」を設け、許可なく木を
伐ることを禁じ、村人に守らせて管理していました。
 藩の御用木「七木」は種類が決められていて、その内、五箇山では檜(ひのき)、
槻(けやき)、杉、栗の四種が御用木として明らかにされています。
 
*************************************************************
(抜粋終わり)
 
ケヤキ、クリという広葉樹と共に、杉、ヒノキといった針葉樹も重用されていたことがわかります。
その価値観は、風景にも如実に現れていて、先人たちの知恵に心動かされました。
 

(菅沼集落と共に世界遺産に登録されている相倉(あいのくら)集落)
 
合掌造りの民家群を取り囲むように、杉林が覆っているのがおわかりでしょうか?
これは、雪持林(ゆきもちりん)と呼ばれ、雪崩を止める役割を担っているそうです。
つまり、この地域において杉は、樹木として集落を覆うことで風雪から守り、
また、木材として家の外壁を覆うことで風雨から守るという役割を果たしているのです。
じつに奥深い、木の文化を垣間見ることが出来ました。
 
すっかり杉の文化ネタで暴走してしまいましたが、
今回の五箇山行きは、「(社)日本茅葺き文化協会」の設立総会、
および設立記念フォーラムに参加するため。
師である安藤邦廣教授(筑波大)が代表理事で、微力ながら私も理事として名を連ねております。
 

 
この日は、老若男女を問わず、170名余りの人が集まり大盛況。
とはいえ、今年2月に設立したばかりのこの会の会員は現在70名程。
茅葺きの文化と技術の継承と振興を図る、志の団体ですが、
国などの予算もなく、当面は啓発と会員の拡大がテーマ。
会員数200名をまずは目標としています。
趣旨にご賛同いただける方は、ぜひご協力くださいませ。
年会費5千円で、年4回会報が送られてきます。
(全国の茅葺き職人たちとも繋がっております。)
 
入会のご案内はこちら↓
http://www.kayabun.or.jp/nyuukai.html

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2010年 6月 23日

芭蕉・蕪村展と阪急創始者・逸翁自邸でみつけた意外な杉ネタ

カテゴリー 杉の文化研究所


先週末は、日本木青連の全国大会で大阪へ行き、
空き時間に、池田市の逸翁美術館で開催されている
「芭蕉・蕪村展」を見学しました。
 

 
日本文化の巨星である、松尾芭蕉と与謝蕪村の直筆の書画を目にし、
この天才二人の息吹を感じる、とても上質な時間を過ごすことが出来ました。
印象深い句をひとつだけご紹介したいと思います。
 
********************************
 
「我富り新年古き米五升 桃青」
 
芭蕉はいつも家の軒に瓢(ひさご)をつるしていて、弟子たちがその中へ
米を入れて先生にあげていました。芭蕉はその米を食べていました。
新年が来てその中をのぞいてみると古い米が五升(約9リットル)入っている
と喜んでいます。と同時に「古き米」という所で自分の貧しさを喜んでいる
感があります。
(桃青は当時の俳号。解説文は展示文をそのまま抜粋)
 
********************************
 

ちなみに「逸翁」とは、阪急の創始者、小林一三翁の雅号。
今回の展覧会も、逸翁コレクションを核に構成されていました。
美術館近くには、旧小林一三邸「雅俗山荘」を改造した記念館が
4月にオープン。せっかくなので足を伸ばすことにしました。
(「特別展 小林一三と松下幸之助の交友」開催中)
 
記念館の2階には、日本の重鎮たちが訪れたであろう逸翁の書斎が当時のままに。
そして、隣りにあるトイレ兼風呂のユニットバスを覗いて、ワクワクしました。
そこにあったのは木桶の風呂。

 
その奥につづくご婦人の住居スペースには、もっと面白い物が。
 

それがこの杉製システムキッチン。
いい味だしてると思いませんか?
 
松尾芭蕉のパトロンで、門下生の中で最も信頼されていたのが杉山杉風(すぎやまさんぷう)。
そして、逸翁自邸の杉キッチン。
この日も「杉の文化研究所」ネタをきっちり増やすことが出来ました(笑)
ちなみに、読書家で有名な女優の山口智子さんは、杉風のご子孫なのだそうです。納得。

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2010年 5月 31日

なぜ私は、楽天市場店を開店したのか

本日、杉岡製材所の楽天市場店がオープンしました。
http://www.rakuten.co.jp/sugiokaseizai/
  
じつは、西日本新聞『木挽棟梁のモノサシ』の連載を終えた頃、
やってみようと思った一つが、このネット・ショップでした。
 
それまで、
●木のような重厚長大なものをHPで販売し宅配便で送るなんて…
●割れ、縮み、ねじれ、腐れなど欠点を前提としたプロ同士の取引でないとクレームになる…
●問い合わせなどに自分一人で対応するのは大変そうだ…
などの理由から、検討さえしませんでした。
 
ではなぜ今回、やってみようと思ったのか。
簡単に言ってしまえば、さんざん苦労して木のことを、
毎週15回にも亘って書いたにもかかわらず、
「木を売って欲しい」という問い合わせがなかったからです。
発行部数85万部の読者がいるのに、なしのつぶてでは凹みます(笑)
記事自体は、いつも読んでますよ、とか、毎回切り抜いてますよ、
とか、それなりに反応があるというのに、なぜだろう…
いかに自分が換金しにくい商品を扱っているのか、
つくづく思い知らされるとともに、私はこう推理しました。
 
読者の目には、魚河岸かなにかでマグロを一匹単位で売っている、
そんな風に私は映っているのではないだろうか… と。
それらを捌く職人さんがいなければ手に負えないし、
だいいち、マグロが好きったって、一匹全部は食べられない…
 
マグロを、たくさんの人に味わってもらうには?
たとえば、一人前の刺身に小分けして、
たとえば、マグロステーキ用の切り身にして、
たとえば、ネギトロ用のお徳用パックにして、
それらを直販すればよいではないか。
それと同じ事を、どうして木でやろうとしないのか。
 
西日本新聞 『木挽棟梁のモノサシ』の14回に、私はこう書きました。
 
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(抜粋はじめ)
 さて、現代の住まいと山の関係はどうでしょうか。
日本の国土の3分の2は山林で、うち4割が人工林。その4割は杉です。
でも、木材自給率はパルプ用材なども含めて20%。
杉やヒノキと縁遠い生活を送っておられる方が大半ですが、
人間も自然界の一員である以上、食と同様に住まいも、
「そこにあるもの」を生かす暮らし方の方が理にかなっているはず。
特に、都市の中にこそ、木や森の癒やしの力が必要とされているのではないでしょうか。
 
 その一方で、私たちの提供する商品のなんと少ないことか。
後世の人々に「住まいは山の縮図」であると分かってもらえるような、
木の使い方の提案が、木に携わる私たちの使命だと思えるのです。
(抜粋終わり)
 

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使命という言葉は大げさに聞こえるかもしれませんが、
木にはそれほど大きな役割があると、私は信じ込んでいます。
なぜなら… 
西日本新聞 『木挽棟梁のモノサシ』最終回(15回)を抜粋します。
 
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(抜粋はじめ)
 3年前に聴いた講演会。
宮崎県木材利用技術センターの有馬孝禮(たかのり)所長が示された、
石油はあと46年など、資源の限界を示した鉱物・化石資源の可採年数表
(資源エネルギー庁、1998年)で、
「鉄鉱石232年」という項目を見たとき、「鉄さえも有限なのか!」と衝撃を受けました。
 
 私は悟りました。
地下資源を次世代に少しでも多く残すためには、
再生産が可能な木材という資源をできるだけ使ったほうが良いことを。
多くの方にとって230年後は、はるか遠い未来でしょうが、
私のような高樹齢の木材を取り扱う者のモノサシでは、それは身近な時間なのです。
(抜粋終わり)
 

********************************************** 
 
書くだけ書いといて、何もしないのは無責任というもの。
それに、
1回目の記事には布団にカビが生えるのを予防する木の使い方や
2回目の記事には安価でも長持ちするデッキ材を取り上げたのに、
それらがいくら位で、どこで手に入るのか、まったくフォローしないまま。
そこで、楽天市場店をオープンするに至りました。
 
商品数も少ないし、フォーマットが決まっていて、
なかなかお伝えしたいことを上手く表現できませんが、
ご覧いただけたら嬉しいです。
 
最後に。
楽天市場店は、すべて妻がつくってくれました。
「やる」と言いつつ手が廻らない私を見るに見かねて。
感謝してます。ありがとう。
 
@@@
 
1回目の記事で書いた、2月にカビの生えた布団↓。 

 
風通しのよいスノコ↓で、材質は桐なのになぜ。

 
杉の40mmの床板を敷き詰めたら…↓ 

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2010年 5月 26日

『木挽棟梁のモノサシ』連載の経緯


このところ、久しぶりに再会する方、新たに知り合う方が増え、
木挽棟梁のモノサシ』を書くことに至った経緯をよく聞かれます。
これまでもその時々で、何度かブログに書いてきましたが、
一昨年秋に現在のブログへ移行したこともあり、
ご一読いただきたい記事に、なかなかたどり着けないことに気づきました。
 
そこで本日は、
NPO日本民家再生協会の『民家』誌に寄稿した
『西日本新聞「木挽棟梁のモノサシ」の連載を終えて』
をご紹介すると共に、これまでの経緯がわかるように
ブログ記事をまとめ、リンクしておこうと思います。
(とくに①と②には、目を通して頂けたら嬉しいです。)
 
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『西日本新聞「木挽棟梁のモノサシ」の連載を終えて』
 昨年から今年にかけて、西日本新聞に「木挽棟梁のモノサシ」というタイトルで
一五回にわたり連載記事を寄稿した。
 NHKの「明るい農村」が終了して久しい。稲作文化を誇るこの国の農家人口は
今や三%。新聞記事の見出しに「農」の文字があるだけで読み飛ばされる時代に、
今回は「林」がテーマである。林業人口は0.1%に満たない。共感してもらう以前に、
まずは読んでもらえるのか、不安を抱えてのスタートだった。
 
 デスクは佐藤弘氏。一面記事「食卓の向こう側」を七年前に企画、飽食に潜む
「食」の問題を提起し、「農」への関心を誘った。その連載は今や社の看板となり、
各地でムーブメントを巻き起こしている。     
 そんな氏との出会いは四年前。「林」の切り口は何がよいか訊かれたのが始まり
だった。「食卓の向こう側」の森林版がやりたいのだと言う。
「食」のように誰もが関心を抱いてくれる切り口を、私が持ち合わせるはずもなかった。
今回の連載は、私にとってそれを探る機会であったと思う。
 
 毎週、反応を見ながら手探りで書くことは想像以上に骨が折れたが、思わぬ反響も
いただいた。そして、切り口といえるか定かでないが、糸口をつかんだ気がしている。
 どうも、「木のある暮らし」への渇望感が人々の間に潜んでいると思えてならないのだ。
一般に、森林といえば環境への貢献が真っ先にあげられる。一方で、産出される「木」の
良さが語られることは少ない。次なる目標は、一面記事「森林の向こう側」の実現。
 「木」を味わうムーブメントを巻き起こしたいと思っている。
 

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① 「食」と「住」(1) 2007年5月15日付
http://blog.goo.ne.jp/marusugi_2006/e/bd1b5707a6c51c215d73de489d0fc0b8
 
②「食」と「住」(2) 2007年5月16日付
http://blog.goo.ne.jp/marusugi_2006/e/5f1ea40f80174c75f7cf871c6293ceb7
 
③木を美味しく食す“レシピ”づくり 2007年7月3日付
http://blog.goo.ne.jp/marusugi_2006/e/d5bb5696a3a9b0e6adfddb92bdfa63b2
 
④今年(2009)楽しみなこと 2009年1月6日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=56
 
⑤『木挽棟梁のモノサシ』始まる 2009年11月16日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=304
 
⑥木挽棟梁のモノサシ(1) 2009年11月24日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=306
 
⑦2009年を振り返って 2009年12月31日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=310
 
⑧連載で生まれたもの 2010年3月6日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=313
 
⑨『木挽棟梁のモノサシ』WEB版 2010年5月13日
https://sugiokatoshikuni.com/?p=344
 
⑩『木の味覚』を取り戻す 2010年5月19日付
https://sugiokatoshikuni.com/?p=350
 
⑪『森林の向こう側』コーナーが西日本新聞HP内に開設 2010年5月25日
https://sugiokatoshikuni.com/?p=437

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2010年 5月 25日

『森林の向こう側』コーナーが西日本新聞HP内に開設

少し前からお伝えしたくてウズウズしていたお知らせがあります。
西日本新聞のHP内に『森林(もり)の向こう側』コーナーが開設されたのです。
 
なぜ私が、『木挽棟梁のモノサシ』という連載を行ったのか。
それは、『森林の向こう側』へ繋げるためといっても過言ではありません。
経緯などはまた、改めてブログに書きたいと思いますが、
私は前説。そろそろ真打にご登場願いたいところです。
 
これからの『森林の向こう側』コーナーに胸が膨らみます。
森林や木にまつわる様々なイベントがどんどん紹介され、
このコーナーが育っていくよう私も貢献したいと思います。
皆様からの情報をお待ちしております。
 
なほ、関連書籍の書評なども紹介していく予定のようです。
拙文ながら、私が書いた「杉のきた道」(遠山富太郎・著)の書評がアップされています。
お時間がある折にでもご一読いただけたら幸いです。
 
以下、5月23日(日曜日) 西日本新聞朝刊に掲載された告知文を抜粋します。
 
********************************************************

本紙HPに「森林コーナー」 
【取材班より】暮らしの視点から医、食、農、環境を一体的に考える
「食卓の向こう側」取材班にとって「山」や「森」はいずれ取り組む重要なテーマ。
その機運を盛り上げようと、本紙・食卓の向こう側ホームページに
「森林(もり)の向こう側」コーナー=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/shoku/shinrin/
=を設けました。

 山から木を切り出す費用の方が木材価格より高い現実の中、荒れていく日本の山林。
市民が山に入り、「戦力」として活動する森林ボランティアも増えていますが、
都市住民が国産材で家を建て、マンションの一室に木を使う暮らしをすることもまた、
「都市の森林」をつくる一歩となります。
 コーナーでは、植林・下草刈りイベントや、国産材を使った住宅展示会・セミナー、
山の暮らしを楽しむ行事などを紹介。
木に携わる生産者や設計士、工務店、大工さんなど技術を持った方を支援する考えです。

 なお、「食卓プラス」コーナーで、
「元気野菜de元気人間」「豊後水道奮闘記」「木挽棟梁(とうりょう)のモノサシ」も公開中です。

=2010/05/23付 西日本新聞朝刊=

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2010年 5月 19日

「木の味覚」を取り戻す


今日は、私のHPのトップページにある「ごあいさつ」文を
リニューアルしました。
現在の、等身大の思いを正直に書いてみました。
ご一読いただけましたら幸いです。
 
****************************************
 
 
 
 
 
 
  
 最近あなたが、美味しいと思った食べ物は何ですか?
その素材は? 調理法は? 誰の手によるものでしたか?
またそれは、どんなシチュエーションだったのでしょうか?
 
 木に携わる私がこんな質問をするには訳があります。
今の木材を取り巻く危機は、「木の味覚障害」に根があると思うからです。
 
たとえば機能から食物を考えたときはどうでしょう。
1.生命を維持する栄養がバランスよくある
2.お腹をこわさない
3.一年を通し安定して食べられ、飢えることがない
 
 こういったモノサシから評価した場合には、もしかしたら、
「カロリーメイト」のような加工食品が最も優れたモノとなるかもしれません。
でも少なくとも、美味しいと記憶される食べ物になることはないはずです。
 
ところが木材において、
同様のモノサシが独り歩きしていると、私は危機感を抱いています。
 
1. 表面に割れがなく、機械測定した強度が印字されている
2. 人工乾燥機で乾かし、含水率が○%以下と表示されている
3. 一年を通し価格が安定している
 
 これらは現在、住宅業界で木材に求められていること。
農林規格(JAS)である木材が、工業製品のように安定した品質であるという証ですから、
木材は使いやすくなるし、クレームも減るし、良いことばかりではないか、
と思う方も多いことでしょう。
 
 でも工業製品のように仕立てる過程で、
木の持つすばらしい特性の多くが失われてしまう、とすればどうでしょう。 
 「酸味・苦味・甘味・辛味・塩味」という味覚が食べ物にあるように、
木にも、木目・色艶の美しさ、触ったときの温かさ、香り立つ芳香、強度、耐久性
というような味わい方があったはず。
  
 たしかに一枚モノ、一本モノの無垢(むく)の木材は、
割れたり、縮んだり、ねじれたり、腐れたり、虫食い穴があったり…
と、欠点とされる多くの「癖」がありますが、適材適所に使うことで、
強度を増したり、長持ちさせたりする、先人たちの知恵と工夫がありました。
 
 工業製品化された木材は、それら「癖」を除去するために、
素材の持つ「力」を奪ってしまっていると、私は思えてなりません。
  
 もしもあなたに、「よい木って何?」と聞かれたら、
 
1.樹齢が高く年輪がつまっていて木目(木の模様)が美しい
2.色つや・材質に優れ強度も高く、ねじれのない素姓の良いもの
3.芳香が香り立つ 
 
そんな木材だと、私は答えます。
 
 「木」の素晴らしさは、これだけに留まりません。
私たちに癒しを与えてくれるようなのです。
このとき、「木」に熱を加えないことが重要であるとわかってきました。
 
『木挽棟梁のモノサシ』11話~インフルエンザ・木のパワーで撃退
『木挽棟梁のモノサシ』12話~癒し・森林に科学的効果
(西日本新聞に寄稿したこの↑記事参照)
  
ですから私は、「木」に人工的な熱を加えない天然乾燥にこだわっています。
 
 天然乾燥とは、細い木を挟み積み上げて、木に風を当てながら数ヶ月から数年間乾燥させること。
昔から伝統的にやられていることなので目新しいものでなく、地味なために目立ちませんが、
これは、究極であるにもかかわらず皆がやりたがらない乾燥法なのです。
  
 丸太を仕入れて納品できるまでに1~2年かかり、資金の手当てが大変。
広大な敷地が必要で、膨大な在庫を抱えることになる。
割れたり腐ったりする木材の管理は手間のかかる至難の業。
 
 それなのに法律では、天然乾燥材は乾燥材と認められていません。
そのため、公共建築物など大きな木造建造物にも使われず、市場は狭まるばかりです。
やればやるほど、経営環境は厳しくなる・・・ 何度「もうだめだ」と思ったかわかりません。

 でも、「癖」を除去するために、素材の持つ「力」を奪ってしまう、
そんな、熱を加える技術は、極力使いたくありません。
 
なぜなら私は、「木味のよい木」がつくりたいから。
  
ぜひあなたにも、味わっていただきたいと、願っています。
そして、美味しいと言っていただけたら、最高に幸せです。
 
 
『木挽棟梁のモノサシ』9話~乾燥・「ゆっくり」が大事
(木材乾燥については、こちら↑もご参照ください。)
 

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2010年 3月 27日

樹齢2000年を超える台湾ヒノキ

cimg7193.JPG
(杉が植林され、異国だと感じさせない風景)
 
3月20日から台湾の阿里山国家風景区 (ありさんこっかふうけいく)に行っていました。
そこは、2000年を超える桧の巨木が群生する地。
でも簡単にたどり着くことはできません。
福岡空港から台北まで飛行機で2時間。
そこからさらに阿里山まで車で6時間半。
宿舎に着いたのは家を出て13時間が過ぎた頃でした。
興奮していたのか、翌朝は4時に起床(笑)
今日は写真を見ていただきたいと思います。
 
(以下、wikipedia より編集)
最高峰は大塔山の2663m。面積は約32700ヘクタールで、
その内1400ヘクタールが「阿里山国家森林遊楽区」に指定されており、
日の出・夕霞・雲海・鉄道・神木の「五大奇観」が有名である。
 
cimg7182.JPG
(今は運行していない森林鉄道。この木製の汽車に乗ってみたかった・・)
 
戦前の日本統治下、1934年に隣接する玉山とともに、
新高阿里山国立公園として日本の国立公園に指定されていた。
阿里山の森林が初めて日本人に発見されたのは1900年のことで、
1904年から林学博士である琴山河合により調査が始められた。
 
cimg7210.JPG
(樹齢800年)

植物は、熱帯・暖帯・温帯の植物が見られる。
1800m以上になると樹齢1000年を超えるタイワンヒノキ (中国語: 紅檜) が多く自生しており、
靖国神社の神門や橿原神宮の神門と外拝殿、東大寺大仏殿の垂木など、
日本の多くの神社仏閣に阿里山のタイワンヒノキが使われている。
さらに明治神宮の一代目大鳥居にも使われていたが、1966年7月22日の落雷で破損し、
現在大宮氷川神社の二の鳥居として第二のお役に立っている。
 
cimg7214.JPG
(樹齢1500年!)
 
樹齢3000年を誇る初代「阿里山神木」は腐敗が進み、1998年6月29日に切り倒された。
そこで2006年、2万5千人の投票により「二代目神木」が選考され、
「光武檜」↓が二代目「阿里山香林神木」となった。
cimg7233.JPG
(樹齢なんと2300年。樹高45m。私が米粒のように見えます。)
 
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cimg7238.JPG
 
この↑ 2本の木は、左が「台湾杉」で右が「紅檜」。
このように一対になった杉は通常「夫婦杉」と呼ばれますが、
これは杉と桧なので、なんと呼べばよいのでしょう。
でもある意味、本当の夫婦のようでもあります。
 
cimg7246.JPG
別アングルからこの杉を見ますと、左に桜、右に松が、助さん格さんみたいにそびえていました。
 
cimg7257.JPG
ちょうどこの時期、阿里山は花ざかり↑↓。
cimg7258.JPG
 
森林鉄路「阿里山駅」にて、紅檜↓の樹形を見る。
cimg7180.JPG
 
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(番外編)
阿里山への移動中に立ち寄った高速道路PAのレストランにて。
cimg7167.JPG
近づいてきた子どもが、木のベンチでおもむろにゴロン・・
彼らは、気持ちの良いところを知っている。

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2010年 3月 11日

景色のよい戸袋

カテゴリー 杉の文化研究所

cimg7027.JPG
先日、東京へ行った際に、根津美術館を訪ねました。
この建物は建築家・隈研吾氏の設計で、2010年毎日芸術賞を受賞しています。
 
今日は、その敷地内の庭園にある、
弘仁亭・無事庵(こうにんてい・ぶじあん)という茶室の杉づかいを
記録に残しておこうと思います。
 
cimg7063.JPG
無事庵の腰掛待合(こしかけまちあい)。
屋根は、杉皮の平葺き。
 
cimg7070.JPG
弘仁亭で面白いと思ったのが、戸袋のバリエーション。
1つ目は、杉の、刃物を使わず裂いた「ヘギ板」を網代(あじろ)に編んだ物。
 
cimg7074.JPG
2つ目がこちら。同じ杉の網代と思いましたが、テクスチャが違う。
それで近づいてみると…
 
cimg7075.JPG
なんと!杉皮が裏返して使ってありました。
 
cimg7081.JPG
そして3つ目がこちら。杉の平皮の表面をそのまま使用していますが、
外壁には杉平皮が横張りされているのに対し、戸袋は縦張り。
張り方の違いで、表情に変化を加えていました。
 
こんな杉皮の使い方、茶室などでない限り、なかなか見られません。楽しいものです。
番外編ですが、軒裏の素材がまた面白い。
cimg7067.JPG
こちらは、細い竹を並べています。
九州の古民家の天井などにはポピュラーな竹天井ですが、
このように軒裏に使用されているのは珍しいのではないでしょうか。
そしてもう一つの面白い軒天井がこちら↓。
cimg7077.JPG
木の種類はわかりませんが、ともかく細い柴が敷き詰められていました。
「おじいさんは山へ柴刈りに…」(笑)
 
番外編その2.
cimg7056.JPG
小さな高瀬船の上にも、土壁と杉皮葺き屋根の茶室が…
 
私はお茶の世界をまったく知りませんが、素材をのびやかに使い楽しんだ
茶人の遊び心に素直に感心してしまいました。

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2009年 12月 31日

2009年を振り返って。

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(福岡県志免町・一心寺本堂の上棟式)
 
今年も残すところ、あと一日となりました。
この一年を振り返りながら、今思っていることを今日は書き留めようと思います。
 
印象深いのは、昨年秋より参画した雑誌「もくたろ」が、
祖父の命日に創刊したことでしょう。
単に、木の家の良さをアピールするというのではなく、
木の家とは何か、木の家をつくるという営みとは何か、
といったダイナミックなテーマが、そこには展開されました。
筑後川を上流から下流まで辿りながら、木の流れを俯瞰しつつ、
衣食住の営みを追ったあの取材は、今も鮮明に記憶しています。
 
でも残念なことに「もくたろ」は、芽生えた直後の3月末、
編集長・入澤美時氏急逝により休刊となってしまいました。
私はこのとき、「編集」というものに改めて強い関心を抱きました。
伝えたいことがあっても、それを伝えるための「方法」を知らなければ…
ちょうどその頃、様々なご縁が重なり、思わぬ行動に導かれました。
松岡正剛氏が校長をつとめるISIS編集学校に入門したのです。
 
そしてその一月後、西日本新聞『食卓の向こう側』編集委員の
佐藤弘さんよりコラム連載のお話をいただきました。
おそらく、編集学校に入門していなければ、お断りしていたことでしょう。
なにせ、子供のころより国語、とくに作文が大の苦手。
そんな私が、毎週締め切りに追われながら文章を書くことなど、
逃げ出したに違いありません。
 
11月より、毎週記事を書かせていただくなかで、気づいたことがあります。
それは、何かを伝えるために書いている、なんておこがましいということ。
今はむしろ、自分が伝えたいこととは何なのか、探りまとめる手段として書いています。
とはいえ、辛いものはつらい(笑) 読者の励ましが、今は一番のごちそうかなぁ。
 
「文章が上手い下手はどうでもよか。要は伝えたいことがあるかどうか。」
佐藤さんは、こう言って励ましてくれますし、
拙文でも原稿を投げ込めば、推敲のプロが手直ししてくれます。
またとない機会ですから、ここが踏ん張りどころ、
木のアピールに取り組みつつ、思考を深めたいと思います。
 
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(一心寺・本堂にて)
 
ブログ更新をさぼっていたので、最後に、11月の終わりにあった嬉しい出来事を。
福岡県志免町に移転新築される安穏山・一心寺本堂が棟上げされました。
九州の杉のイメージを覆し、安物ではない、杉の使われ方を提案したい、
今回はそんな思いを表現できる、またとない機会をいただきました。
杉の中でも、ヤクノシマという品種で統一し、二か所の山からそろえました。
100年以上の目細な杉の赤身材は、猛々しい表情です。
来春には完成しますので、多くの方に見ていただきたいと思います。
 
さて、来年はどんな年になるのでしょうか。
経済評論家は、悲観論の方が多いようですね。
私の会社もこの二カ月ほどとても苦戦しています。
来年を楽観視できるような状況にありませんが、
それでも来年は、チャンスだと思いたい。
パラダイム・シフトが起こるとき、
潮目が変わる時期だと感じるのです。
○○してもらえない、と嘆いていてないで、
自分に何ができるのかを考え行動しようと思います。
協働しましょう!

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