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2009年 2月 27日

「お山の杉の子」

カテゴリー 杉の文化研究所

昨日、「杉の文化研究所」の記事をアップしたところ、

ブログにコメントをいただいたり、メールをいただいたりと、

たくさんの温かいお励ましの言葉をありがとうございます。

早速ですが本日は、たにむらさんよりブログにコメントいただいた

杉の童謡をご紹介したいと思います。

メロディが聞きたいですね~^^ 

5番の歌詞はとくにいいと思います。

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「お山の杉の子」

 
吉田テフ子作詞/サトウハチロー補作(戦後改作)・佐々木すぐる作曲

 
1.
昔々の その昔
椎(しい)の木林(ばやし)の すぐそばに
小さなお山が あったとさ あったとさ
丸々坊主の 禿山(はげやま)は
いつでもみんなの 笑いもの
「これこれ杉の子 起きなさい」
お日さま にこにこ 声かけた 声かけた
 
2.
一(ひい)二(ふう)三(みい)四(よう)五(いい)六(むう)七(なあ)
八日(ようか)九日(ここのか)十日(とおか)たち
にょっきり芽が出る 山の上 山の上
小さな杉の子顔出して
「はいはいお陽(ひ)さま 今日は」
これを眺(なが)めた椎の木は
あっははのあっははと 大笑い 大笑い
 
3.
「こんなチビ助 何になる」
びっくり仰天(ぎょうてん) 杉の子は
思わずお首を ひっこめた ひっこめた
ひっこめながらも 考えた
「何の負けるか いまにみろ」
大きくなって 皆のため
お役に立って みせまする みせまする
 
4.
ラジオ体操 ほがらかに
子供は元気に 伸びてゆく
昔々の 禿山は 禿山は
今では立派な 杉山だ
誰でも感心するような
強く 大きく 逞(たくま)しく
椎の木見下ろす 大杉だ 大杉だ
 
5.
大きな杉は 何になる
お舟の帆柱(ほばしら) 梯子段(はしごだん)
とんとん大工さん たてる家(うち) たてる家
本箱 お机 下駄 足駄(あしだ)
おいしいお弁当 食べる箸(はし)
鉛筆 筆入(ふでいれ) そのほかに
たのしや まだまだ 役に立つ 役に立つ
 
6.
さあさ 負けるな 杉の木に
すくすく伸びろよ みな伸びろ
スポーツ忘れず 頑張(がんば)って 頑張って
すべてに立派な 人となり
正しい生活 ひとすじに
明るい楽しい このお国
わが日本を 作りましょう 作りましょう
 
上記の歌詞は、戦後の改修を施された後のものです。

(ごんべ007の雑学村より引用)

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2009年 2月 26日

杉の文化研究所

カテゴリー 杉の文化研究所

昨年の秋頃から、sugiokatoshikuni.com というアドレスでオリジナルHPを試験的に立ち上げました。
(これまでのブログ「ご縁日記 木挽き棟梁をめざして」とブログについては同じものをアップしています。)

このHPを立ち上げて変わったことがあります。それは直接面識のない方々と交流する機会が増えたということです。当初、これまでと同様に私の杉に対する思いや考えを伝えてみようとやり取りしていました。ところが予想もつかないことがいろいろと起こり、とてもビックリさせられています。九州にお住まいというわけでもなく、建築にもそれほど関わりのないお仕事。そんな方々と文字を基本としたやり取りをしながら、このままではいけないなぁ・・・と強く感じるようになりました。

 
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2年ほど前のことです。ミクシィへこんな質問メッセージをいただきました。

ところで…。素朴なギモンなのですが。
材木については素人なので教えてください。
日本家屋にはよく松や杉が使われているようなのですが
杉材を使った場合に花粉症の心配ってないのですかね?
香りは嫌いではないのですが、毎年花粉症に悩まされているので
ちょっと心配です。

このご質問を私は少数派だと勘違いしていました。

先週東京へ行き名刺交換をしていたときのことです。

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私の名刺は杉皮を使った和紙なのですよ、と説明しながらお渡ししたところ・・・

おもむろに鼻に近づけクンクンと嗅いだ後

「私は花粉症なのですけれど、これは大丈夫なんですよね?」

と尋ねられました。

これに驚いたのです。と同時に先ほどご紹介したメールを思い出したのでした。

 

同じ日、ブログを通して知り合った方との初対面を果たしました。

その方とはお互い本をプレゼントし合ったことがありました。

梱包を開けた瞬間杉の香りがするように杉板を同封したところ、

その方自身にはとても喜んでいただいたのですが、

それには興味深い後日談があったのでした。

「杉板を僕に近づけないでくれ。その香りだけで鼻がムズムズしてくる・・・」

とご主人が仰ったそうなのです。^^

これにも驚きました。

 
(くれぐれも誤解なさらないでください!)
(杉花粉症は、杉の皮や木材で発生することはありません。)

 
そしてこのとき気づきました。

現代の日本に住む多くの人にとって

「杉」から連想されるものは、もはや「スギ花粉症」しかないのではないか。

その症状に苦しんでいる人にとって

スギという存在は厄介ものでしかない、ということか。
これは私にとってパラダイムシフトでした。

国土の12%を占める杉の人工林。

鉄鉱石でさえあと230年しか埋蔵していないこの地球で

唯一再生産が可能な資源、「木材」。

そして木材の中でも、最も安定して生産できるのが「杉」なのに。

軽くて強くて加工しやすく耐久性が高く、

古来より、船も建築も様々な道具も何もかも、とにかく杉ばかりなのに。

日本文化の発展は杉と共にあるとも言ってよいほど、

つい最近まで日本人は杉と深く関わっていたというのに。

でも、思い返してみれば、私も杉の文化を知らないなぁ~と気づきました。

私自身が、杉の文化の分断した世の中に暮らしています。

 
そこで・・・

「杉にまつわる文化のあれこれを収集する決意」をしました。

近い未来、地下資源が高騰して使いづらくなり、

木を使わなくてはならない時代がくるでしょう。

そのときのために、今のうちに、伝承を残さなくてはならないと思います。

 
少し気が引けますが・・・

「杉の文化研究所」という名称で看板をあげ、情報を集約したいと考えています。

どんな些細な情報でもかまいません。

こんな小説に杉の木のこんな表現がある、といったことでもかまいません。

一つでも多くの「杉つながりの情報」を集めたいのです。

みなさんのご協力をお願いします。

 
最後に・・・

素朴な疑問を投げてくださった方々に心より感謝いたします。

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追伸

杉花粉症は、杉の皮や木材で発生することはありません。

  

花粉症について(財)日本アレルギー協会のサイトより

どうして花粉でアレルギーが起こるのでしょうか。

 スギなどの花粉が、鼻のなかに吸い込まれるとアレルギーを起こす物質である抗原(アレルゲン)が花粉から溶け出します。この抗原をやっつけるために、人間は体のなかで抗体というものを作り出します。抗体は、肥満脂肪と呼ばれる細胞に乗って、抗原が体に侵入すると出撃します。そして、抗原を捕まえます。このときに肥満脂肪から、ヒスタミンなどいくつかの物質が放出されます。ヒスタミンなどの物質は、神経を刺激します。
 

 この刺激でくしゃみが起きたり、鼻水が流れたりして、抗原を体の外へ追い出すのです。鼻の血管は刺激を受けて、鼻の粘膜が腫れ、鼻づまりが起こります。こうして抗原(花粉)を含んだ空気を、入れにくくするのです。眼についた花粉も同じような体のはたらきで、眼のかゆみを起こします。また、腫れて(鼻づまりにあたる)、涙(鼻汁にあたる)によって、花粉を洗い出そうとします。

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2009年 1月 10日

「木」に抱く畏敬の念。

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この木は杉の木。長さは8mあります。樹齢は150年ほど。

こんなに長くて太い曲った木をどこに使うのかと疑問を抱く方も多いことでしょう。

今回は、お寺の本堂の隅木(屋根材の一部)というところに使います。

木の上にまたがった少年は、この木の行き先となるお寺のご子息です。

一昨日、ご住職、建築家の先生とご一緒に製材の立ち会いにおこしいただきました。

この仕事に携わりながら、常々感じていることですが・・・

「木」の時に抱く感じ方と、「木材」になったときの感じ方はなぜこうも違うのでしょうか。

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この幅広い板は、破風板(はふいた)といって屋根の妻側に使われます。

見えにくいかもしれませんが、黒い線で書かれたところが最終的な形です。

両端の白い部分を避け、中央の赤いところだけで取れるようにしています。

これは、雨が掛ったり日に当たっても傷みにくくするための工夫です。

しかも、お寺の屋根はとても反っていますので、曲がりを考慮すると

実際に使用されている幅からは想像もつかない広さの板が必要なのです。

たとえばこの板は6m50㎝。

木の元に近い広いところで80センチ、反対側の狭いところでも60センチあります。

破風板の実寸は正味5m。一番広い部分で42センチ。狭いところは24センチです。

さらに屋根の上の方に使われのですから小さく見えます。

結局、建てられてしまってからでは、これほどの迫力を感じることはまずないでしょう。

したがって有難みも薄くなるのではないかと思うのです。

山に立っているとき、手を合わせたり抱きつきたくなるような木を使うということを、

せっかくならば、そのまま受け止め、感謝したいと思うのです。

 

この日の夜に、ご住職からいただいたメールの中にこんな一文がありました。

 

『帰宅しまして、息子と風呂に入りながら、「今日の製材所はどうやった?」と聞きますと、

「すごかった。大きかった。あんな大きい木が新しい本堂に来るっちゃね。」

とうれしげに返答。連れて行ってよかったと心から思いました。』

 
本当にありがたいことです。合掌

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2009年 1月 06日

今年(2009)楽しみなこと。

恭賀新年。

みなさま本年もよろしくお願い申し上げます。

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(中津江村の朝日)

早速ですが、今年は楽しみなことが二つあります。

一つめは「100年住める木の家づくり」を提案する季刊誌「もくたろ」の創刊(3/12)です。

先月(12月)は、創刊号特集の取材のお手伝いをしていました。

筑後川流域の「木の家の文化」を32ページにわたり特集していただくことになったのです。

日頃の家づくりだけでなく、地元の茅葺民家集落の景観保全など

これまで活動してきたことをどのようにご紹介していただけるのでしょう(笑)愉しみです。

「もくたろ」は、「陶磁郎」の入澤美時氏を編集長に、

コンフォルト」の前編集長であり「月刊杉WEB版」の編集長でもある内田みえ氏、

筑波大教授の安藤邦廣氏のお二人が編集委員として参加されます。

リリース後どんな反響があるのか、期待と不安が入り混じったワクワク感を感じます。

ちなみに、文頭の写真は取材の際巡り合った光景(日の出)です。

今年はこの写真のような、真っ暗な杉の森林(もり)に朝日(ひかり)が差し込む、

そんな一年になってほしいと思います。

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(天ケ瀬町の杉皮葺き民家)

 
二つめは、この秋目標に企画されている「森林(もり)の向こう側」です。

私のブログに何度も紹介させていただいている

西日本新聞「食卓の向こう側」取材班、佐藤弘氏とのコラボ企画です。

私の中でのコンセプトは、「もくたろ」とほぼ同じです。

都市生活者だけでなく、日頃、木や森に関わっておられない方々に、

「森林」の問題を身近なものと捉えてもらうにはどんな切り口があるか、

そして、いかに自分の問題として受け取ってもらえるのか、

さらにそれが、問題提起に終始するには留まらず、

そこに「どんな魅力があるのか」、探ってみたいと考えています。

 

二月余り前、佐藤さんより、「食卓の向こう側」講師陣に加わるようご用命いただきました。

リストを拝見すると、吉本哲郎、山下惣一、結城登美雄、竹熊宜孝、、等々凄い先生ばかり。

柄になくびびったのか(笑)未だにプロフィールを書けていませんが、

機が熟し、覚悟を決めた後、取り掛かりたいと思っています。

 

本年は、「思無邪」(おもいよこしまなし)にて精進したいと存じます。

みなさまご指導のほど宜しくお願い申し上げます。

杉岡世邦、拝

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2008年 12月 30日

森林資源の枯渇から和室が生まれた。

今日は思い出で深い、12月4日兵庫日帰り出張での体験(その2)をご紹介します。

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E-ディフェンスで振動実験を見学した後、車で15分ほどのところにある

「箱木家住宅」へと向かいました。

箱木家住宅は、室町時代後期(およそ500年前)に遡ると推定され、

現存する木造住宅の中で最も古いものだと言われています。

このころから、柱を地面の中に埋めて固定する掘立柱ではなく、

束石という石の上に乗せる工法へと変わっていきます。

長く続く戦乱によって木材が不足したため、地面に埋めるより

柱を長持ちさせるための工夫がなされたのです。

また、特徴的なのが土壁です。

べっとりと塗り込められた土壁で囲まれています。

土壁の下地には竹が使われていますし、天井も全て竹です。

木材をできるだけ使わずにすむよう、竹と土が最大限活かされているのです。

そして土壁には、もう一つ大きな意味がありました。

当時のそれは、「高気密高断熱の住まい」であったのです。

それをもたらしたのが森林の枯渇です。

木材の不足は、家だけでなく暮らし方を変化させました。

暖をとる際、炭を使用するようになったのです。

煙が出ずチラチラと長時間燃える炭は、薪より木材を効率的に利用できます。

薪を燃やして暖をとるのに、気密性が高いと煙くて仕方ありませんが

炭火ならば土壁のほうが都合良いわけです。

 
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このように、民家を観察していると、その時代におけるその地域の

資源や環境、そして暮らし方などを垣間見ることができます。

そこが民家ウォッチングの楽しいところです。^^

ちなみに、室町後期は木造住宅におけるエポック・メイキングな時期です。

まずは、銀閣寺に代表される「書院造り」。

これが定着したものを我々は和室と呼んでいます。

それから、束石の上に柱をのせる「民家型工法」。

「茶室」に、そして「数寄屋造り」。

それらが皆、資源が枯渇した時代に生まれたというのは

本当に面白いことだと思います。

(以下、安藤邦廣著「住まいを四寸角で考える」より抜粋)

 
『室町時代末期の戦国時代に戦乱で町は焼かれる。

その復興には木がたくさん使われる。さらに、刀や鉄砲を鉄でつくり、

農機具も鉄に変わったので、たたらで鉄をつくる。鉄をつくるのはたくさんの

薪炭がいる。そのため、西日本の森林は完全に切り尽くされ、資源枯渇をおこしました。

日本の風景は、そのときに一変したのです。禿山があちこちに出現して、

日本の森林は大きな曲がり角を迎えます。

我々は今日、茶室として形式化されたものの美学を、

いわば倹約の美学として受け継いでいる。』

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