木のはなし
「なぜ日本は木の家なのだろう」
私たち人間は森の中から生まれてきた…というフレーズをよく目にします。
人類の起源がアフリカ大陸であるという定説によるものなのでしょうか。
木を嫌いな人はいない…というお話もまた よく耳にします。
樹上生活をしていた祖先の頃からDNAに組み込まれているためでしょうか。
学識者でもない私に 詳しいことは分かりませんが、私の場合、信仰の対象となっているような
古くて大きな木に出会うと、好き嫌いの次元ではなく、触れてみたくなります。
そして一種の畏敬の念を抱きます。
日本の家は、つい数十年前まで、木と土で作る…というのが当たり前でした。
今はというと、木の家の良さを証明しなけなければならない時代になったと感じています。
司馬遼太郎著「アメリカ素描」の中で文明と文化の違いについて次のように記されています。
「文明は『だれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの』をさすのに対し、
文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する
特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。」
私たちの住む現代は、文明大国です。大手住宅産業は家の文明化を進めました。
また、国の政策も 性能補助制度、品確法など、消費者保護の観点からとはいえ、
ベクトルを同じくしているように感じます。
こういった方向性が必ずしも間違っているとは思いません。
ただ、森・木というイメージと家とが一直線に感じられない気がして残念です。
木は、身近にありながら よく知られていないものの一つだと思います。
というのも、木造住宅がクレームの宝庫だといわれているからです。
それでも木の家は求められています。その良さを感じることこそ文化です。
理論的な証明は棲家を作る際の 一要素にすぎないのではないでしょうか。
私たちも木も生き物です。
木の良さ、木の家の良さを 頭で理解するのではなく、感じてみませんか。
そして木のことを一緒に勉強しませんか?
身近で知らない木のことを もっと知りたくないですか?
「地元の木で家をつくる意義」
木のはなしの前に…
地産地消という言葉がよく使われています。
その地域でできたものを その地域で消費しようという考え方。
でも「その地域」ってどこからどこまでなのだろう?疑問に思ったことありませんか?
市町村なのか、県なのか…その境目はどうなるのか?
ヒントは水にあると思います。水は高いところから低い方へと向かいます。
山の頂上に落ちた水は流れる方向が違います(分水嶺)。
同じ方向に流れた水は谷を作り川となります。
小さな川が集まって 大きな河川となり 海へと流れ着きます。
この時、一つの川に水が集まってくる範囲の地域、
つまり「集水域」が「その地域」と考えることができると思います。
筑後川として考えた場合は、熊本県、大分県、福岡県、佐賀県と四つの県をまたがっていて、
市町村にすると44の自治体が同じ地域だと言えるでしょう。
私が取り扱う木の多くは、小国林業地域、日田林業地域で育てられた杉の木です。
そして朝倉市杷木で「木」から 「木材」へと加工されます。
その木材を使い家を建てられる方々も筑後川流域の方が多く、
まさに木もヒトも同じ水源の水を飲み、
またその水源を守ってゆく責務ある仲間なのです。
私たちの暮らす地域の水源・流域で育った木で作った棲家。
その時期に植えられた木がまた 伐期になるまで長持ちするような家。
私たちのモノ作りがそんな循環したサイクルの一部になればいいなと思っています。
繰り返しますが、人も木も生き物です。
木にも様々な樹種があり、品種があります。そして流域や分水嶺によって、それらの
種類・性質も異なってきます。「その地域」によって、木にも仲間分けができるというのも
面白い所だと思います。
また、木から木材にする際、この種類は重要な要素となります。
「木の種類は様々(適材適所)」
みなさん ご存知のとおり建築材料として使用されている木材の大半は輸入材です。
世界の市場で流通されている木の種類は数千種といわれています。
木は用途により使われる樹種が異なります。建築材や建設、土木用材。建具材に家具材。
樽、桶や道具類。紙の原料も木ですし、船も昔はその多くが木造でした。
縄文時代には竪穴式住居に代表される建物が発生しました。使われた部材は栗の木です。
また、栗をうたった短歌が万葉集に納められているように、栗の木は部材としてだけではなく
食料としても古代から日本人の生活に密着していたようです。(ちなみに古墳時代以降の建築
用材はクヌギ類の使用に置き換えられていたようです。)栗は、細長い日本中に幅広く分布していた
らしく、日本の気候風土にあった木の代表格といえるかもしれません。
日本書紀神代紀には、スサノオノミコトが「抜鬚髯散之、即成杉、又抜散胸毛是成檜、尻毛是成柀
〈磨紀〉、眉毛是成樟」という記載があります。そして、スギ、クスは船に、ヒノキは建物に、マキは棺材に
するよう教えています。神代の御世より木材は適材適所に使うという考え方が存在し、その指摘は現在でも
誤りではないと考えられています。
杉や桧に代表される針葉樹と、欅や樫などの広葉樹は、同じ木でもひとくくりにお話はできません。
木の成り立ちやしくみに異なる部分があるからです。
例えば、広葉樹には導管がありますが、針葉樹には仮導管しかありません。
針葉樹は年輪の目巾の狭い方が強度は高くなりますが、
広葉樹はそれほど強度において影響を受けません。
適材適所も変わってきます。
樽に使うとき、針葉樹である杉は板目のものを使いますが、
広葉樹であるナラ材でつくると必ず柾目にします。
近頃、近くの山の木で家を建てよう…という動きが聞かれるようになりました。
この場合の木の種類は、日本という範囲で見た場合かなり地域性が出てきます。
九州に限って言えば、杉、桧でそのほとんどを占めるといってよいでしょう。
杉、桧は(ごく一部を除いて)植樹された人工林です。
(松やその他の針葉樹に加え、広葉樹の多くは天然木です)
それら人工林の森林面積の多くを杉が占めています。
九州の山といえば杉の山で、人工林の占める割合が大きいといえるでしょう。
このような背景をご理解頂いたところで、ここから先は、木の中でも杉にスポットを当てて
お話を進めていこうと思います。
「九州の杉の種類」
ヒトは「氏より育ち」ともいわれます。木はどうでしょうか?
ヒトと同じように木も樹木の長い年月による生命活動の蓄積なので同じ物はありません。
杉の木は、親から産まれた子である種子から育った実生杉と、親をクローン(栄養系)
増殖したさし木品種にわけられます。
農林水産省林木育種センター育種第2研究室長 藤澤義武氏の文章を挿入します。
「同じスギクローンのセットを九州の北から南まで植えてその木材の性質を調べたところ、
剛性を示すヤング係数のバラツキは60%以上がクローンの違いによるもので、
植栽地の違いによるバラツキはわずか7%でした」
これは、植林・育林等の施業方法が同様であれば、さし木の木材の性質は地を選ばないといえます。
木は「育ちより氏」と呼べるのかもしれません。
杉は一属一種で、ヤマザクラとソメイヨシノのような違いはありません。
ところが、もう少し細かい単位である品種にはいろいろあります。
杉の品種には、天然木の地域性品種と人工木の栽培品種があります。
森林総研木材利用部物性研究室長 三輪雄四郎氏の文章を引用します。
スギの天然木は青森県から鹿児島県の屋久島まで分布していますが、地域的に不連続に分布しているため、
それぞれの地方での気候条件、土壌条件などの違いによって品種に分布しました。
秋田県米代川流域のアキタスギ、奈良県吉野のヨシノスギ、高知県魚梁瀬のヤナセスギ、
鹿児島県屋久島のヤクスギなどが有名です。
また、これらを大きくまとめて、日本海側のウラスギ、太平洋側のオモテスギの二つに分けられます。
九州という陸地の上に、天然杉はオニメスギとよばれるものがありますが、九州の杉の多くは人工林の栽培品種です。また、この文章ででてきたウラスギとオモテスギ、実は「地元の木で家をつくる意義」でお話した分水嶺によって分けられます。九州の分水嶺は英彦山、阿蘇、霧島なのです。氏の引用を続けます。
人工林は全国到る所に見られ、その地方で特徴のある保育がなされています。特に有名な林業地としては静岡県天竜川筋、奈良県吉野、鳥取県智頭、大分県日田、熊本県小国、宮崎県飫肥などが知られており、それぞれの地方に永年継続して栽培されている栽培品種がみられます。
揚げられた六つの地域の内、その半数の三地域が九州に固まっています。しかも、日田・小国は筑後川流域です。飫肥杉はオモテスギですが、日田杉、小国杉はウラスギに分類されます。